ここは地獄か天国か?
破壊から生まれたカオスワールド

385のライブを体験した。「みなさんこんばんわ385です。」かわいい声で現れたのは知る人ぞ知る元BLEACHのBass、MIYA。この力の抜けるような声に膝カックンされた人もいると思う。しかしかわいい挨拶に似合わないほどの激しいスラップベースで会場の空気を一瞬にしてぶっ壊す。かわいい女の子は何かに取り憑かれたかのように首をブンブン振りドスの効いた声で叫び散らす。激しいベースラインと暴れるリズムに顔色変えず正確に合わすドラム。そこに蝶のように舞い蜂のように刺すキーボードが絡みつく。わけのわからない音に客は圧倒されながらもわけもわからず暴れ踊るだけだった。385は県外で活動の拠点を移し2010年6月、大阪のこれまたカオスなバンド『ミドリ』のVo.& Gt.後藤まりこが主催するレーベル『HAKAI ミュージック』に所属。2010年8月にはファーストアルバム「脳みそあらおう」でデビューを飾った。今回は破壊活動に余念のない385のMIYAに恐る恐るコメントを頂いた。
【385のルーツ】
—『385』というバンドの名前はどこからきたのですか?由来を教えてください。
MIYA 「3と5と8は宇宙的に良い数字だと言われていて、その三つの数字をTENGANさんに言われて言葉の響きの良い順番にしてみました。またコーラの冷蔵庫にC-385というのがあると天願さんが言うてました。外国人のお客さんに「SOME FUCKIN’ GO」と間違われました。」
—バンドメンバーとはどのように出会ったのですか?
MIYA 「浦添市のグルーブというライブハウスで発見しました。私もTENGANさんも人見知りなので、友達になるのに、約1年かかりました。」
—ライブ中もくもくとドラムを叩いているTENGANさんはどんな方ですか?
MIYA 「ドラムが大好きな寡黙な方です。この人の素晴らしいドラムが、このバンドを始めるきっかけになりました。」
—ピアノをガンガン叩いてるJUNさんはどんな方ですか?
MIYA 「とっても優しい性格の素敵なキーボード弾きの若者です。ちなみに三味線も得意です。」
—ミヤさんが影響をうけたベーシストはいらっしゃいますか?
MIYA 「COCOBATのTAKESHITさん。大好きなMichael Jacksonの「スリラー」でも弾いているスラップ・ベースの創始者のLouis Johnsonさん。この二人に多大な影響をうけています。」
—ハードコアやファンクやプログレを盛り込んだサウンドは意図的に作ろうとしてできたのでしょうか?それともセッションなどをしてできあがったのでしょうか?
MIYA 「元々スラップ・ベースをいかしたバンドサウンドを狙っていたのですが、メンバーそれぞれいろんな音楽が好きなので、スタジオで曲作りしてると自然にいろんな要素が混じり合ってきます。」
【ミドリと破壊と脳みそ】
—『ミドリ』後藤マリコさんとの出会いを教えてください。
MIYA 「BLEACHというバンドの時に出会って、お互い人見知りなので、仲良しではなかったのですが、沖縄から東京に出て来て再会してからは、プライベートでも凄くお世話になっています。」
—HAKAI ミュージックと385、ベストマッチな関係だと思いますがレーベルに入られた今の気持ちはどうですか?
MIYA 「とても嬉しいです。これからもっと頑張らなくてはと思っています。HAKAI ミュージックという名前は、まりこさんにつけてもらいました。」
—アルバム『脳みそあらおう』についてですが、完成した感想はどうですか?
MIYA 「とても感動しました、CDが出せるようになるまでに色々なことがあったので、まりこちゃんと先祖にとっても感謝しています!」
—ジャケットの絵(浮世絵の象?)はなんでしょうか?
MIYA 「圧倒的な感じを出したくて、大好きな北斎の強烈な象の浮世絵を使いました!」
—385にとって破壊とはなんでしょうか?
MIYA 「新しい自分に会えるキッカケです。是非、385のCDを聴いて見て下さい。」
「脳みそあらおう」
HMUK-001 1,575円(税込)
収録曲
1.行動
2.鼓膜クレイジー
3.脳みそあらおう
4.みんな同じ顔
5.お正月
6.マサカリ
ライブを見終わった後、385の純粋な破壊力に驚き興奮した。その破壊力の源は愛想笑いが上手な世間に対する怒り、そして己に対する失望と絶望からの怒りなのだろうか。自分の脳では処理できない音にモウロウとしながらも「大変なモノを見てしまった!自分も何かしなくては!」とチムワサワサー(胸騒ぎ)した。アルバム『脳みそあらおう』1曲目の『行動』のように押さえきれない衝動に駆られる。まさに385に脳みそをあらわれてしまった。現在385は東京で活動しているため直接インタビューすることができなかったが残念でならない。沖縄でライブがあった際は破壊してくれたことにお礼を言いたい。これを読んでいるあなたもぜひライブを見て脳みその隅から隅までキレイに洗ってもらいましょう。そして自分の脳みその汚れに気づいていただければ幸いです。
385
プロフィール
さんはちご。MIYA(B,Vo)、TENGAN(Dr)、JUN(Key)のスリーピースバンド。2008年、元BLEACHのMIYAが沖縄で結成。2010年8月1st ミニアルバムをミドリの後藤まりこが主宰するHAKAI ミュージックの第一弾としてリリース。9月からレコ発ツアースタート!
自分たちも聴いてる人たちも気持ち良く
ライブでの一体感を大切にしたい

テクノだけど難しくない、テケテケだけど爽やか。なのでもちろん男子だけじゃなく女の子のファンも多い、ダンスロックバンドBREMEN。何よりも沖縄出身のエリーの歌声が気持ち良く、「沖縄の広い空と大きな海に囲まれて育った子のはず」と勝手に思い込んでしまっている。そんなエリー率いるBREMENのツアー真っ最中の6月某日。沖縄は梅雨明け間近だというのに、梅雨入りしたてで大雨の関西でエリーをキャッチ。BREMEN結成当時の話から4月リリースの新曲、さらには現在制作中の新譜について話を聞いた。インタビュー中、エリーの意外な真実が明らかに!!
【BREMEN結成】
― 結成のきっかけは?
エリー 出身地が全然ばらばらなんです。私は沖縄、ハイオカが横浜、コージローが北海道で、それぞれが大学で関東に出てきていて、インカレ(インターカレッジ)って要は飲み仲間なんですけど(笑)。ハイオカはもともとDJをしていて、レストランバーとかで回していました。その頃コージローは学生ながらに店長をしていて、その店でハイオカが回してる時に私がたまたま遊びに行ったのが3人が出会った最初です。で、ハイオカが琉球アンダーグラウンドの『花(原曲は喜納昌吉氏)』をかけていた時に「お前歌ってみろよ」ってマイクを渡されて、花を歌ったのがきっかけですね。「あぁ、いいなぁ」って思ってもらったみたいで(笑)。その頃丁度ハイオカはテクノで女性ボーカルという編成のバンドを始めようと考えていて、私の歌を聞いて「これだーー」ってビビッと来たみたいです。コージローも何か新しいことを始めたいと思っていた時だったので、じゃあ3人でやろうということになりました。
― 結成後はすぐに活動を始めたんですか?
エリー そうですね。楽曲制作しつつ、都内を中心にライブ活動をしていました。始めた時にはお互いの音楽歴とか全く知らず、と思ったら実は3人とも高校時代からバンド活動をしていて、コージローもギター、ボーカルをやっていたということがわかったので、打ち込みだけじゃなくギターを入れたりとか試行錯誤しながら、ライブ活動を続けていました。
― エリーさんも学生時代に沖縄でバンド活動をしていたんですよね?
エリー そうですね。中3からやっていました。高校生の時には浦添のてだこフェスティバルとかのチャリティーイベントにも出させてもらったりしました。
― そのバンドはテクノではないんですよね?
エリー はい、そのバンドはテクノではなかったです。打ち込みの音楽でもなくてロックバンドをしていて。
― ギャップや違和感は感じませんでしたか?
エリー 最初の頃はあったんですけど、でも「自由に歌ってくれ」っていうのが元々あったので、自分としても音色も真新しかったし、その中で自由に歌っていいんだぁって思って。本当に何も考えずに伸び伸び歌わせてくれるならやります、みたいな。だから、そこに関してはそんなに抵抗はなかったです。テクノって一定のリズムでありながらもグルーヴってどんどん変わるので、煩わしいとか難しいとか思ったことはないですね。
― エリーさん凄く気持ち良さそうに歌ってますよね。
エリー ははは(笑)。ありがとうございます。そうですねー、気持ちいいですよ。はい。最近はライブをやっていく上で、ここでもうちょっと生音が欲しいねってなった場合に、サポートでドラマーを入れています。生音が入るとこっちもテンション上がるので。
【ライブは化学反応】
― エリーさんちなみに大学では何を?
エリー 工業大学なんですけど。
― 工業大学?! 理系じゃないですか!
エリー そうなんですよー(笑)。めちゃめちゃ理系なんですよね。化学をやっていて。うちのふたりがむしろ文系で。沖縄にいた頃は英語科だったんですけど。
― なぜ化学を専攻?
エリー 「二酸化マンガンに過酸化水素水を足すと」って文字ではすごく冷静に書いてあるのに、実験してみると凄い発熱したりとか、煙が出たりとか、色が変わったりとか、そういう見ないと分からないようなことが化学って起きるので、そういうところが面白いなぁって。だから実験がしたくて化学科に進んだんですね。でもそれって、今やってる音楽とも近いなぁって思ってて。ライブやっても、同じ曲やっても、ライブごとに違ったりとか、色んな反応が足される感じっていうのは凄く近いと思っています。
【新曲「When I grow up」について】
― どんな作品に仕上がってますか?
エリー この曲は去年できたんですけど、これができた時には、まだぜんぜんリリースとか決まっていませんでした。とにかく去年は「ライブをしよう」という意気込みの年だったので。今までの曲って、新譜を作る時は曲を作って、それをライブで披露するという形だったんですけど、今回の曲はライブをやりながら盛り上がる曲だったり、ライブで「グォーッ」ってなる曲を作りたいねって話になってできた作品ですね。だから、凄く今までよりもライブというものと音源というものの距離が近い作品になっています。今まではレコーディングで曲の世界ってものの方を大切にしてたんですけど、でも今回はライブでやったらどうなるかなとか、ライブでこうしたいなっていうのが入っているので、歌もより伸び伸びと歌っている曲になっていますね。
― 屋外のライブでも気持ち良さそうですよね。
エリー そう、そうなんですよねー。私達も浮かべる景色は野外ですね。When Iもそうだけど、4曲目のPhantom of a dreamも草原がぶわっと浮かぶ感じです。そういう意味では沖縄と合うと思う。結構「BREMENの曲ってドライブに合うねー」って言ってもらえたりするんですけど、今回も車とかで聞いて欲しいなぁって思います。沖縄って車社会だし。
【今後の活動内容】
― 今後のリリース予定は?
エリー 秋口に新譜をリリースしようと思っています。その制作もしつつ、ライブもしつつ。
― どんな曲になりそうですか?
エリー 今後もライブ主体というスタイルは変えず、ライブで盛り上がれる曲だったりライブで一体になれる曲だったり。そういう、自分たちが気持ち良くなって周りも気持ち良くなれるような一体感のある作品になったらいいなぁと思っています。
― そろそろツアーも終盤ですが。
エリー そうですね。今回の曲を持ってツアーに出てるんですけど、毎回毎回見え方がどんどん変わってて、1曲1曲もこんなにやるごとに熟成されるんだなぁって感じています。で、そういうのが今後もどんどんできていくんだと思うし、もっともっと回りたいんです。だから沖縄も行きたいんですよね。
― 是非! 是非とも! ちなみにMITSUBOSHI(ライブの名前)ってどういう意味なんですか?
エリー 三ツ星レストランのように、本当においしいものを提供していきたい、と思って。そうしたら、たまたまBREMENのメンバーも3人だし、3にこだわってスリーマンイベントにしようって事になりました。ライブで一緒にやる2組のバンドも自分たちが実際に見に行ったバンドだったり、自分たちがいいなと思って選んだバンドだけを呼んでやっているので、自信をもってお届けできるイベントだし、一緒に楽しめるものにしていきたいと思っています。今回の「MITSUBOSHI♯5」はツアーを一緒に周ったhare-brained unityとGARIをゲスト迎えて7月19日渋谷O-nestにて開催します。あと、7月17日にはAUDIOという東京の晴海ふ頭で行われる野外フェスにも出演します。ライブの情報はホームページにUpしてますので、よかったらチェックしてみてください。
― エリーさんはBREMEN以外の方の作品にも参加していらっしゃいますが。
エリー そうですね。BEAT CRUSADERSさんのフェスに参加させてもらったり、ウルフルズのドラマーのサンコンJr.さんがやっているイベントにもゲストで出させてもらいました。他の人とやるのは全然違うし、やってる音楽も全く違うので、それはそれで楽しいです。その楽しさを一回自分の中に落とし込んで、BREMENで還元しようって思ってます。もっと色んなことがやりたいですねー。BREMENでできる音楽に関しても、もっと新しいモノが見たいし、どんどんどんどん進みたいなって気持ちです。
― これからのBREMENは?
エリー いい意味で、「BREMENってこんなカラーだよね」っていうのを今はあんまり欲してなくて、「こんなこともやるんだBREMEN」って思ってもらいたいです。また新しいことが起きそうで、何が起るんだろうなっていう風にどんどんやっていきたいですね。反応度数を起こしたいっていう。
― やっぱり化学ですね。
エリー (笑)。そうですねー。
【ファンへのメッセージ】
― ファンへのメッセージをお願いします。
エリー 沖縄でライブを出来たらと思っていますので、近いうちに行きたいと思っています。それまでは今回の新譜を聴いてもらって、車で聞いたりとか、普段の生活でBREMENに馴染んでもらって、もっと身近な音楽として聴いて欲しいです。ライブでは一緒に大騒ぎしましょう!

エリーは「BREMENは晴れバンドなんで、ライブは結構晴れることが多い」と笑った。実際晴れることも多いのであろうが、たとえ雨でもBREMENのライブがすっきり爽快な気持ちにさせてくれるので、天気のことなんかどうでもよくなってしまうというのも晴れバンドと言われる所以ではないだろうか。彼女らはきっとこれからも周りを巻き込んで化学反応を続け、型にハマることなくキャパシティの大きなバンドとして知る人ぞ知る存在になっていくのであろう。いつか、沖縄の野外ライブでBREMENの音楽が聴きたい。それまではドライブのお供で我慢するとして、エリーさん、沖縄凱旋ライブ待ってますよ!
BREMEN
プロフィール
2004年結成。ハイオカ(横浜出身)、エリー(沖縄出身)、コージロー(北海道出身)の3人によるダンスロックバンド。テクノサウンドをベースに、ポップなメロディと伸びのあるエリーのボーカル、メッセージ性の強い歌詞が見事に調和し、ジャンルを超えて多くの人に支持されている。2010年4月には約1年半ぶりとなる新曲を発表。
PCの方は
こちらから
2010年、Coccoから発信される現実物語—。
愛してるからこそ生まれる憤り、愛しさを音にのせて…
2009年9月に発売された「こっこさんの台所」以来、約9ヵ月ぶり、シングルパッケージとしては「ジュゴンの見える丘」以来、2年7ヵ月ぶりに「ニライカナイ」を発売したCocco。沖縄でニライカナイが意味するのは、理想郷、楽園、神々の住む島…などで、ある種一つの信仰でもある。なにか神秘的な場所や希望に満ちた場所を想像させるが、彼女が歌う「ニライカナイ」から聴こえてくるのは矛盾や絶望感。そんな場所なんてない…と言わんばかりに今にも亀裂が入って、二度と近づけないんじゃないかと思わせるほどエネルギーに満ちたこの曲を歌うことで、アーティストCoccoが伝えたいことは何なのか? そして、8月11日に発売されるニューアルバム『エメラルド』についても話を聞いた。

【 新曲「ニライカナイ」について 】
— 「ニライカナイ」が完成するまでの経緯を教えてください。
Cocco 何かきっかけがあったり、何かのテーマに沿って音楽を作るって作業はしたことがなくて、今回も曲が先に出来て、イントロから最後まで歌詞もメロディーも全部完成されたものが浮かんで、それを音に変換して形になったのが「ニライカナイ」。この曲が浮かんだとき、太鼓が頭の中で響いてて、太鼓=エイサーだな〜と思ったから、エイサーをしている知り合いいないかな〜と思ったんだけどいなかったから、琉球國祭り太鼓の体験に行って…。そのとき知り合いになったみんなに「実はこんな歌があって、太鼓の音が聞こえるから踊ってほしい…」って話をして、デモテープを送っていろいろやり取りをする中で、振り付けも出来ていって、レコーディングも終ったって感じ。とにかく、エイサー隊が踊っているのが見えて、その踊りと一緒にやりたいっていうのがあったから、曲中の振り付けはあーしてください、こうしてくださいっていうオーダーは全然せず、曲を聴いて自由に踊ってもらって。「ニライカナイ」のPVはそれを形にしたもの。 PVは一日かけて録って、みんな踊りまくってヘトヘトだったのに、始発で沖縄に帰った日も琉球國祭り太鼓のみんなは太鼓の演舞をやっていたっていう…疲れてたはずなのにすごいなぁって思った。。
— 太鼓の音がプラスされることで、さらに歌詞や音に現実味が出て、体に刻まれるようなエネルギーあふれる一曲に仕上がってますよね。PVにはCurly Giraffeさんも出演されてて…。
Cocco そう、CDにはCurly Giraffeの声を入れたい、PVにも出て欲しいと思って。PVのなかでのCurly Giraffeの位置は本土の人って設定で、実は後ろに立っている人のなかにスタッフもいたけど、ピンぼけしてたから誰も気付いてない…(笑)。で、祭り太鼓が県人(うちなんちゅ)。Curly Giraffeは東京に住んでるから、本土代表としてそこにいてほしかったし、本土人としてCoccoをいつも助けてくれる人でもあるし、本土っていう立場で参加してもらった。
— 県人と本土人という風に、PVのなかにそれぞれの世界感を作ったのにはどんな意味が込められているんですか?
Cocco 私は沖縄のことを100%正しいとも思わないし、日本のことも100%正しいとも思っていなくて、私は沖縄に生んでもらったし、Coccoっていうアーティストは東京で見つけてもらったし、どっちにも助けてもらった。東京に住んでる人は東京の文句をよく言うけど、そういう浅はかな人がいるのが許せなくて! 人が多いとか、空が見えないとか言って「沖縄の方がいいでしょ? 」ってよく言われるんだけど、東京の空もきれいだし、東京にも住める場所があるし、好いている場所があるし、お世話になってるし、みんなが夢を持ち合っている場所を否定するっていうことは、私は絶対にしちゃいけないことだって思ってるから。一年前と比べたら沖縄も変わっていく風景があったり、いろんな人が侵略してきたり、観光立県のために犠牲になるものが多くて、人が侵略してくることの悲しさっていうのを知っている。けど、東京とか見ていたら沖縄の何百万っていうぐらい外の人間に侵略されていて、その上、その侵略者に東京は自然がないとか言われたら、きっと江戸っ子は堪えきれないと思うわけよ。だから、私は東京を傷つけないように東京で過ごしたいと思うし、大事にしたいと思う。外から来た人は帰る場所があるからいいさー。けど、侵略されても、汚されても、もともと東京に住んでいる人はほかに帰る場所なんてないわけ。沖縄も一緒で、そこに住んでずっと沖縄を背負っていかなければならない人もいるわけで、そういう人たちは違う見方をしたりしているはず。だから、私は東京を責めるってことは絶対にしない。沖縄を見ててばかだなって思うこともあるし、東京に対してばかだなって思うこともあるし、正しいと思うことも、悲しいと思うこともとにかくいろんな感情がいっぱいある。でも、沖縄に帰ってきたときに東京より沖縄の方がいいでしょ? って言われることがすごく不快。東京でも人に会ったときにだいたい「沖縄いいですよね、東京寒いでしょ? 」って言う。東京の雨が嫌いで…とか。「ふざけんな」と。じゃあ、国に帰れって思う。もちろん、本土に対して言いたいこととか、残念だなって思うこともいっぱいあるけど、沖縄を見ていて本当に残念だなと思うことも悲しいこともあって。沖縄に住んでいたら死ぬなって思うこともあるわけ。本土人に責められている部分もあるけど、沖縄を見ていると生きていけないなって思うことがたくさんあって、私を責めてくる。ニュースを見てても何を見ててもそうで、沖縄に殺されてしまうんじゃないかって思うシーンがいっぱいあるから…。沖縄の人はCoccoをいじめているのは東京だと思っているけど、責めるのは東京ではなくて沖縄であり、日本であって、だからいつも沖縄に救われているわけではないわけさ。沖縄に胸を痛めているし、沖縄に絶望していることもいっぱいある。そういう世界感をPVで表現したいなと思って、分かりやすく県人代表として琉球國祭り太鼓に参加してもらって、Coccoが入って、でも、本土に助けてもらってる部分も出したいなと思って、ああいう感じにしました。

【 アーティストCoccoにとってニライカナイとは… 】
— ニライカナイとは、理想郷、楽園、神々の住む島…などを意味する言葉ですが、Coccoさんにとってニライカナイとは何ですか?
Cocco なんだろうね? 募集しよう!(笑)。なんだろう…。ニライカナイっていう場所はないと思っているけど、あってほしいと思ったから、絶望100%の歌なのに「ニライカナイ」ってタイトルにしたんだと思う。スーパーヒーローを待っていても、自分がなんかしないと都合よく人って助けてくれないし、ニライカナイっていうのは夢物語だから実現しないっていうか、夢を見ている場合じゃないから。夢は叶うってみんな信じてて、がんばれば絶対伝わるって言うけど、伝わらないことの方が多いし、叶わないことのほうが多い。見ているだけでは叶わないのに、みんな夢物語を見ている。私はバレリーナになりたいってずっと思って、がんばったけど叶わなかった。だけど、歌に出会って歌手になって、今は自分がやりたいことができてラッキーだと思う。やっぱり、どんなにがんばっても叶わないこともあって、向き不向きもあるだろうし、運もあるだろうし、今になると全部が自分がいる場所に導くためのことだったんだろうなって思う。信じてれば叶うとか…。だったら沖縄はもう夢が叶ってもいいはず。(普天間飛行場移設を受けて)初めて県民が、“でも”とか、“だけど”とかそういういいわけを除いて何か意志表示をした、たぶん歴史のなかでいちばん白黒つけた行動だったと思う。けど、それでも叶わないし、絶対にNOといっても、そのNOが届かない。またしょうがないって諦めるしかなくて、なんくるないさって、しょうがないよ、としか言ってこれなかったおじいやおばあが、これでまた諦めることを覚えてしまう。そんな状況なのに、日本では夢が叶うって歌が売れる。だから、絶望を歌いたかったんだろうなって思う。なのに、自分もニライカナイを見たいっていうか見せたい、変えられるならって思ったから自分の中で希望の光と思っているニライカナイをタイトルにつけたんだろうなって。
— この曲は発売前からライブとかで歌われていましたよね。何かファンの方から伝わってきた反応ってありますか?
Cocco この歌は、まず最初に沖縄で歌いたかった。4月に桜坂セントラルでライブをしたときに初めて歌ったんだけど、そのときはまだ曲名を公表してなかったから、内地の人とかが書いてくれてるライブレポに、「い〜や、“あ”いや」で始まる曲って書いてて…。みんな、「いーや、“あ”いや」って言うわけ(笑)。PV撮影のときもどんなカットを録るか書かれた絵コンテに「いーや、“あ”いや」って書かれてて、「なんで、“あ”ーだばぁ!? 」みたいな(笑)。どう考えても「いーや、“は”いや」って歌ってるのに!! みんな「いーや、“あ”いや」って言うから、ナイチャーよー(笑)。それが気になって。勘違いっていうか、概念っていうか、そういうのがあるのかなって。「“あ”いや」じゃないです。「は!! 」。声を大にして言いたい(笑)。あまりに「“あ”いや」って言うから、つい自分で聴き直してしまったけど「“は”いや」って言ってたよ〜(笑)。
— この曲を聴くと立ち止まってじっくりと考え込まないといけないというか、なんか重くのしかかるものがあるんですが…。
Cocco うん、重くのしかかるものだと思う。この曲は平和だとかLOVEとかPEACEとか、そういう簡単な言葉で片付けたくなかったし、YES、NOとかそういうごちゃまぜに、もっとぐちゃぐちゃにしてのしかかりたかったんだと思う。

【 8月11日に発売するアルバム『エメラルド』について… 】
— ニライカナイが含まれている8月発売のアルバム『エメラルド』ですが、前作のアルバム『きらきら』に比べてどんな作品に仕上がっていますか?
Cocco うちなーものとして恥ずかしくない、うちなーものを作りました。制作中、ちょっと踏んだり蹴ったりなこともあったけど(笑)。例えば、アメリカでライブをやるときに英語じゃなくて日本語で歌ったとしても、音楽だから通じるものがあったりするんだけど、そこに着物を着ていけばもっと面白がってくれると思う。だけど、自分は音楽で勝負したいわけだから、普通に日本で歌うのと同じように洋服を着て歌って、勝負しようと思うわけさ。私は東京でデビューするとき、沖縄ブランドを前に出してやるつもりはなくて、日本で勝負するんだったら日本語で、日本人として勝負したかったから、琉装したりだとかうちなーブランドを鎧や盾にしなかった。他のアーティストと同じ土俵で勝負したかったから、そういう気持ちでずっとやってきたんだけど、沖縄でライブをしたり、レコーディングをしたりしたときにも、やっぱり沖縄が好きっていうのは変わらないし、どんどん強くなるし、ずっと沖縄に対して自分の方が好きすぎて片思いしてると思ってたけど、片思いばっかりじゃないって気付いた。たとえ片思いだったとしても恥ずかしくないくらいこんなに大好きだから、振られたって何されたって、かまいやしないって思える。それに、沖縄にちゃんと愛されている自信も感じるし、そういうのが全部ちょうどいい具合に感じてる。今まで沖縄には言いたいことってあったとしても、一個言うとしたら“愛してる”って言葉で、それ意外いいやって思ってた。でも、好きな人だから喧嘩できて、嫌だとか、バカとか愛してるからこそ言えることがあったりもする。小学校のときとか平気で「やー死なすよ」、「死なさりんどー」とか言ってたのに、今それを言ったら逮捕さ。でも、死なすよって言えたのは、愛されてて、愛してるっていう信頼関係があるからこそ言えたことであって、初対面の人とかには言わないさ。友達同士とかでは平気でそういうことが言えてた。今でも言葉の意味、誤解みたいなものを恐れて言えないことっていっぱいあると思うんだけど、今回はその誤解を恐れずに、誤解されてもいいから、沖縄に対して「やー死なすよ」ってことも言おうって気持ちが固まったわけ。なんでかって言ったら、何を言われたって愛してるって立証できる、言われる自信があるから。例えば、私のおじいちゃんは沖縄では有名な人だから、「Coccoです」っていうより、「真喜志康忠の孫です」って言った方が早かったわけ。それではいけない、私は沖縄ブランドを出さないでやりたいって思ってたけど、今ではその沖縄ブランドを背負いたいって思って。「そうです、私が沖縄の女ですが何か!? 」って感じ。内地のミュージシャンが沖縄風アレンジとかやるさ、あんなのに絶対負けたくないって思うわけ。全国的にも有名になった沖縄の歌かって思われているぐらい沖縄風の歌を歌うアーティストの人と、一回ライブで同じステージに立つ機会があったとき、突発的に絶対に負けたくないと思った。沖縄を背負って立つのは私だって思ってたから。リハーサルでタンバリン破るくらい、「いーやーさーさー!!! 」みたいな感じでやって、うちなーものとして絶対に沖縄風とか沖縄アレンジに負けないって思って。そのときにすごい闘志が湧いて絶対やってみせる、自分は何をやってもうちなーものだって。うちなーの人がうちなーブランドを持たなくてもうちなーさ。例えば、ハワイから帰ってきた人が浮かれてアロハシャツを着て帰ってきたら、ちょっとイラッとするさ。「なに浮かれてるの? 」って。そう見られるのが嫌だったけど、現地の人も生活のなかに溶け込んでるからアロハシャツを着てる。だから、うちなーもんがうちなーもんを持ったって、うちなーもんですって言えばいいし、民謡を取り入れたりすることは自然なことだし、インチキじゃない。それを背負ってでも、うちなーですって言えるようになりたいっていうのがいちばん強く出ているのが、今回のアルバムです!!
— 今回のアルバムには14曲収録されていますが、なかでもこれは聴いてほしい! って曲はどれですか?
Cocco 「三村エナジー」!! これは、もうできたら新都心に住んでいる人みんなに聴いてほしい。あそこは“いいどぅまい”って土地だから、“おもろまち”じゃないさ。ねつ造甚だしい。“とみぐすく”って地名が“とみしろ”になったりとか。日本で活躍している人が“きんじょう”って名前で活動していたらうちなーって思うと思うけど、“かねしろ”って聞いたら「なんかちょっとちゃらいやっさー? 」ってならん? そんな感じで、“いいどぅまい”が“おもろまち”になったりとか、沖縄に“銀座通り”があったりとか…。土地の名前って民謡とか琉球芝居にも関わってくるさ。そういうのがどんどん意味が分からなくなってるような進化がいっぱいあって、すごく残念だなって思う。だから、これを歌って、たぶん新都心に投げかけたかったんだろうなって思う。あっちも昔は黄金森があって、泊小学校の校歌でも「黄金の森背なに負い〜」って歌われてるわけ。私はじいちゃんと同じ出身校で、じいちゃんと唯一世代を超えて一緒に歌える歌だったのに、いま黄金森は公園として気持ちばかりしか残ってない。ちっちゃい展望台みたいなのがあって黄金森公園って残ってるけど、あそこは全部、黄金森だった。だから、昔を知ってる私にとったら、あれは黄金森じゃなくて黄金森跡。だってあそこは全部原っぱだったのに。今は道ができてたり、マンションが立ってたりする…。まぁ、ちょっとは黄金森を残してくれたことに感謝をしなければいけないんだろうけど…。
【 アルバム発売後のCoccoの動き 】
—新曲のニライカナイもそうですが、8月11日に発売されるアルバムもたくさんの人に聴いてほしいですね。
Cocco うれしい気持ちで作ったって悲しい気持ちで聴いたら悲しい歌になるし、こういう気持ちで聴いてねっていうのは言えないけど、みんなが今の自分の気持ちで聴いて、考えてほしいと思う。どれから先に聴けとは言わない。シャッフルとかもできる時代だけど、もし時間があるなら一回でもいいから通しで聴いて欲しいと思う。あとは、任せる。でも一度は、一曲目の「三村エナジー」から14曲目の「絹ずれ 〜島言葉」までの流れを聴いてほしいなぁって思う。
— では、読者のみなさんにメッセージをお願いします。
Cocco 「ニライカナイ」とアルバム『エナメルド』をお誘い合わせの上、お聴きください(笑)。そして、夏に沖縄でライブする機会があると思うので、お誘い合わせのうえお越しください!!

梅雨のまっただ中、行なわれた今回のインタビュー。南部のあるビーチに現れたCoccoから出た最初の一言は、「はじめまして、内田有紀です」。なぜ、内田有紀??? と、天気の悪さを忘れてしまうほど拍子抜けをして、その場が笑いに包まれたものの、天気も悪かったのですぐに撮影ポイントに移動…。そして、写真を取り終えるとすぐにインタビュー場所へと移動したのだった。ニライカナイはないと言いつつも、今の沖縄の現状やCoccoを取り巻く日常の先に希望の光があってほしいと願う、切実な想い。その一つ一つの言葉が色濃く記憶に残るほど、沖縄や東京に対する愛を感じることができた。現在、Coccoが抱える喜・怒・哀・楽を隠すことなく表現した作品にじっくり耳を傾けてほしい…。
Cocco出演イベントの詳細が到着!!
『 FOREVER BLUE Vol.2〜かけがえのない未来のために 』
日時:2010 年8月15日(日・終戦記念日)
時間:開場15:00 開演16:00
場所:沖縄コンベンションセンター劇場棟
主催:沖縄タイムス社
協賛:沖縄海邦銀行ほか
出演:Cocco、かりゆし58、bird
料金:S席(1階席)5,800円、A席(2階席)4,800円、B席(3階席)3,800円 ※記載料金は前売り料金です。当日は、各1,000円UPとなります。
☆チケット一般発売は6月27日(日)〜
Cocco
プロフィール
Cocco(こっこ)。1997年デビュー。エッセイ「こっこさんの台所」、小説「ポロメリア」を発売するなど、アーティストとしてだけではなく作家としても活躍しているのはご存知の通り。6月のシングル「ニライカナイ」に続き、8月にはアルバム『エメラルド』をリリース。夏フェスにも多数出演する予定なので、随時ホームページを要チェック!!
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Filed under 4.Report, BEGIN, なゆた
クラブイベントなのにJ-POP?
土曜の夜に開催される『ARAKEMO。』にズームイン!

クラブといえばヒップホップやテクノなどのダンスミュージックが定番だ。しかしこの『ARAKEMO。』はJ-POPを武器に客を踊らせる。ダンスミュージックをかけずにJ-POPだけで踊らすなんてただものではないDJであることは確かだ。メインのDJはyoruno、onn@man(オンナマン)、TAI=chan(タイチャン)の3人。毎回ゲストDJを呼び奇数月の第2土曜日、牧志のダンスクラブ熱血社交場にて開催している。そんな『ARAKEMO。』も今年で7年目。きたる7月10日の準備に余念がないメインDJのyorunoとonn@manにコメントをしてみた。
— 『ARAKEMO。』とはどんなイベントですか?
onn@man 普段、歌番組やラジオ、有線でしか耳にしないJ-POP等をかけるDJイベントです。
yoruno J-POPイベントという事でよく誤解されるのは「売れ線の曲を、ろくに繋ぎもしないでダラダラかけてるだけでしょ?」という類の意見。そうじゃないというのを知ってもらうには会場に来てもらうしか無いんですが…。我々を「学祭ノリでDJごっこしてるクラスの人気者」と同一視されるのは非常に不愉快。(笑)
— クラブといえばヒップホップやテクノなどのダンスミュージックが多いのですが、なぜクラブとは縁もゆかりもなさそうなJ-POPでイベントをしようと思ったんですか?
onn@man 以前、和田アキ子さんがソウルでもジャズでも日本語で歌えば全部J-POPと話してたんです。それと一緒で日本語で歌われるトラックはJ-POPとくくってミックスするので、J-POPの中にヒップホップもテクノもあるし、日本語リリックっていう意味も理解しながら引っくるめて楽しめるのが最大の理由じゃないかと。
yoruno ヒップホップやテクノのイベントだとそれ専門の人がいっぱいいるし、それを自分達がやる意味は無いので。日本語縛りのクラブイベントという事で、当時意識したのはハロプロ楽曲のみのイベント『爆音娘。』と、あと勿論『申し訳ないと』の影響は大きいです。
— DJの方々はどんな方々ですか。『ARAKEMO。』以外での活動は?
yoruno アラケモ以外にもそれぞれの分野で活動している方々が集まっています。 onn@manはJ-POP以外にもGABBA・アニソン・K-POPと幅広いジャンルのイベントでスピンしてるし、TAI=chanは『PLUS+』というお洒落なイベントを火の玉ホールでやってます。自分に関しては、LOTTI(ロッチ)、mixb(ミックス部)というレーベルの運営と、座久拓郎という名義での楽曲製作もやっています。あと、幽霊メンバーのアフロディーテ・ファンクラブことDJきなこもちアイスという男がいて、一部で話題沸騰となったアンセム『しらきや』という曲は必聴!
— 一般的にクラブというと近寄りがたいイメージがありますがどう思いますか?
onn@man 何年もクラブでイベントをやってますが、自分のパーティで近寄りがたいワルい男子にエロい女子、セレブっぽいオサレっ子なんて見た事ありません…。
yoruno どうなんですかね?深く考えずに、もっと気軽に遊びに来てくれたらいいと思うんですけど。アラケモにはサイバーのりP的な客は見当たらないんで。(笑)
— 今年で『ARAKEMO。』7年目ですが心境はどうですか?7年も続けることはむずかしいと思いますがどうですか?
onn@man よく7年も続いてるなぁと感心します。(笑) これは柔軟性のあるDJ陣とサポーターのおかげだと実感しています。
yoruno 気がついたら7年って感じですかね。最初の5年間は宜野湾・南国の夜で月一レギュラーをやってたんですが、そこでの経験が今にいかされてると思います。同じ事を少なくとも10年続けないと発言権無いと個人的には思うんで、あと3年は謙虚な気持ちで頑張ろうかなと。
— 今回7月10日のゲストDJはどんな方々ですか?
yoruno KIM君は沖縄最大のテクノ・パーティー『DENKIROK』主催者。以前から面識は有ったけどそんなに親しくない・・・程度だったんですが、思い切ってお願いしたところ快諾いただけました。彼曰く「放送事故を起こす」との事なので、その辺も含めて面白くなること間違いないです。トクメイキボウ君はDJでもありトラックメイカー。HIPHOPのイベントやCDでよく名前を見るので知られてる方も多いと思うんですが、HIPHOPに限らず尋常じゃない音楽知識を持ってる方です。当日はほぼアナログオンリーでのプレイとなるとか。
onn@man どちらも一癖二癖あるDJなんで彼等の日本語縛りのミックスにも乞うご期待!
— 最後に読者にメッセージを
onn@man まず現場の爆音で体感しないと、説明では伝わらない面白さが待ち受けてるはずなので、アラケモを是非チェックしといて下さい。
yoruno recordando los cocteles de bienvenida de arakemo!
J-POPイベントの最大の敵は偏見である。いつのころかJ-POP=カッコ悪いという法則が頭の中に刻みこまれている人も多いだろう。あからさまに商業的なJ-POPより世界で活躍する海外のアーティストの方がカッコイイと思ってしまう。そこでぜひ洋楽しか聴かなくなった人にこのイベントをお勧めする。自分の偏見が気持ちよく崩壊する快感をおぼえリピーターになってしまう客が多いのも納得いくだろう。ぜひ『ARAKEMO。』でJ-POPを爆音で聞く喜びを楽しんでもらいたい。
ARAKEMO。
プロフィール
ARAKEMO。(あらけも)。2003年9月、onn@man,DJきなこもちアイス,yorunoの三人体制でJ-POPイベント『嵐の獣。』始動。途中TAI=chanが加入し2008年11月、『ARAKEMO。』としてスタート。不定期開催を何度か挟み、2010年5月より熱血社交場にて隔月レギュラー(奇数月第二土曜日)をスタート!