照屋林賢に見いだされた新たな歌姫
今自分にできることは、歌うこと

窓から差し込む光にまるで溶けていきそうなくらいゆったりとした雰囲気を身にまとうなゆたは、若干17歳にして「人生何が起るか分からない」と達観する精神の持ち主。それもそのはず、2年前に照屋林賢氏から誘いを受けるまでは、まさか自分がシンガーソングライターとしてデビューするなんて思いもよらなかったという。そんなちょっと普通じゃない経験をした彼女の経歴もまた普通ではなく、2歳からインターナショナルスクールに通い、14歳の時に「全ての命を大切にしたい」という思いからベジタリアンに。15歳の時に沖縄で3週間過ごし、その時偶然にも彼女の歌が林賢氏の耳にとまることになる。そして、彼女の家族もまた、「なゆたのためなら」と一家で沖縄移住を決意。そんな彼女にデビューのきっかけから、6月30日に発売された「なゆたうたう」の制作秘話までゆる~~く話を聞いた。
【照屋林賢氏との出逢い】
— まずはインターナショナルスクールご卒業ということで、おめでとうございます。
なゆた ありがとうございます。
― では自己紹介をお願いします。
なゆた なゆたです(笑)
― 沖縄に来たきっかけは?
なゆた もともと家族全員が沖縄大好きで、私が学校卒業したらみんなで沖縄に引っ越してくるという計画だったんです。でも林賢さんと出会って、音楽を始めて、林賢さんも「おいでよ」と言ってくれたので、ちょうど学校も見つかって試験も受かったので、もうこれは行くしかないということで、予定より早く家族全員で来ちゃいました。去年の7月です。
― どうですか沖縄は?
なゆた 最高。大好き。幸せです、本当に。
― 寂しくなかったですか?
なゆた それが全然。向こうの友達とは離れてしまうけど、ずっと友達だし、また会えるから寂しくはないです。
― ウクレレは何歳のときから?
なゆた ちゃんと始めたのは2年前から。その前に、押し入れにウクレレが2本あったのをお母さんが「押し入れに入らないから」という理由で私の部屋に持ってきて、しばらく置いてたんですけど、友達がウクレレやってるっていうのを聞いて、自分も教えてもらおうかな、と。その時に何コードか教えてもらったんですけど、そのあとまた2~3年は弾いてなくて(笑)。で、2年前の終業式の時に、友達とパフォーマンスでウクレレと歌で1曲やろうということになって、その時からちゃんと練習し始めました。歌もちゃんと歌い始めたのはその頃からです。
― ということは、音楽を本格的にやり始めてから2年でデビューということですね。子供のころから歌手になりたかったんですか?
なゆた 全っ然!(笑)だからびっくりしています。まさかデビューすると思ってなかったんで。だから人生何が起るか分からないな、と。
― 自分で歌を作り始めたのは?
なゆた 歌を作り始めたのは1年半くらい前です。歌い始めて半年くらいたってからなんですけど、それまではカバーで歌っていました。レコーディングもしたんですけど、林賢さんが「なゆたは自分で作った方がいいよ。自分の歌が絶対作れるから作ってみな」って言ってくれて。それで作り始めました。アルバムの最後の『heart to heart』という曲は林賢さん作曲で私が作詞なんですけど、最初に林賢さんが(りんけんバンドの)曲を送ってくれて「これに歌詞付けてみな」って言われて書いてみたら、私にも出来るんだなって(笑)気付かされました。
― 話は前後しますが林賢さんとの出会いは?
なゆた 子どもの頃から沖縄には年に1回くらい家族で旅行に来ていて、カラハーイ(北谷町のライブハウス)に行ってたんです。ティンクティンク(照屋林賢氏プロデュースの女性2人組デュオ)が大好きで。その時にお客さんとして林賢さんと顔見知りになりました。その時は「これが照屋林賢さんかー。」って感じで。で、2年前に沖縄に来た時に、たまたま林賢さんの知り合いの人が私の歌を聴いてくれて、「林賢さんに紹介してあげるよ」って言われて林賢さんと再会しました。その時に林賢さんに「ちょっと歌ってみて」って言われて、歌ったらいきなりレコーディングすることが決まったんです。「じゃあ来週レコーディングね」って。さすがに「へ?」って思いました。
― ご家族もびっくりですよね。
なゆた 家族旅行で来てたんですけど、その時は家族は先に横浜に帰ってて、沖縄には私ひとり残っていたので、家族に電話したら「林賢さん?!びっくり!!」って。本当に不思議。

【「なゆたうたう」レコーディングとツアー】
― 歌はどんな風に作りますか?
なゆた 歌を作った時のことってあんまり覚えてなくて、ウクレレ弾いてたり、いいメロディーや歌詞が浮かんだ時にノートに書いてたりしてるうちに1曲できてたりするので、気が付いたらできてるという感じです。
― どんなアルバムに仕上がりましたか?
なゆた 完成までに1年掛りました。最初の頃は楽器とかアレンジとか、あまり上手くなかったので、他のアーティストさんにお願いしたりしているうちに、自分で段々できるようになってきて、結局は自分で全部演奏しました。なんだろ、歌って、私の気持ちが形になったもので、今回9曲入ってるんですけど、究極の9曲って言ってて(笑)。本当に私のそのままの気持ちが形になってCDになった感じです。楽しかったです、作るのが。デザインとか、中の絵とかも、描いたり。もともとモノを作るのが好きなので。絵も描くし、ミサンガやネックレスなんかも作ったりします。
― ツアーが始まりますが。
なゆた 音楽を始める前から世界中をまわりたいなって思ってて、学校を卒業したらまず日本をまわりたいと思ってたんです。最近まで忘れてましたけど。で、ツアーが決まった時に思い出して、「仕事で日本一周できるじゃん」て(笑)。嬉しい。楽しみです。
― どんなライブにしたいですか?
なゆた 来てくれた人が「来てよかった。もう1回聴きたいなこの子の歌」って思ってくれるようなライブにしたい。でも、リラックスしていつものようにできたら一番かなぁって。今回はプロモーションを兼ねたライブで、イベントや対バンだったりするので、たくさんの人に知ってもらいたいです。

【これからのなゆた】
― 今後の活動は?ずっと歌を歌っていきたい?
なゆた 特に歌にこだわっているわけではなく、今できることは歌を歌ってメッセージを伝えることだと思っていて。でも、ずっと忘れないでおきたいのは、ひとりひとりみんな違ってできることもみんな違うから、私は私にしかできないことをこれからもやっていって、それが誰かの役に立てたらいいなと思っています。それが今は歌だけど、それがこのあと歌じゃなくなっても、私は私のままでいて、私にしかなれない私でありたいなぁって。だから、今はライブを頑張ります。
― 読者へのメッセージを
なゆた いっしょに頑張りましょう。今、色々なことが起きているから、ひとりひとりが変わったり、小さなことを変えていくことで大きなことが変わると思うから、私も今、自分のできることを頑張るから、みんなも頑張ってほしいです。あと、家族や友達にありがと~って伝えたいです。

バイリンガルである彼女の歌は、英語と日本語をうまくリズムに乗せ、まるで言葉遊びを楽しんでいるかのようである。照屋林賢氏は同じアーティストとして彼女の才能を瞬時に見極めたのであろう。また、なゆたに「林賢さんてどんな人?」と尋ねると「友達!ダジャレ仲間!」という回答が返ってきた。ここからもふたりの信頼関係がよくわかる。こんなふうにして、沖縄の新しい歌姫なゆたは誕生した。ストレートでサラサラの長い髪と、茶色い目、時折見せる遠くを見る眼差し。あどけない笑顔と成長途中の細い手足、素直さと危なっかしさは若者の特徴であると思うが、彼女はすでに自分の世界を持っていて、自分の足で一歩踏み出そうとしている。「みんな違って みんな特別」とは彼女の言葉。なゆたがどんななゆたになっていくのか、目が離せない存在になりそうである。
なゆた

プロフィール
1992年8月10日生まれ、神奈川県横浜市出身、2009年に家族で沖縄移住。15歳の時に照屋林賢氏の勧めで本格的に音楽を始め、2010年照屋林賢プロデュースでデビュー。「See you tomorrow」が第2回沖縄国際映画祭出品作品「ニライの丘」主題歌に起用される。6月30日に待望の1stアルバム「なゆたうたう」をリリース。


